そんなつもりじゃなかったのですが。

おはようございます。
ご存知の通り、私けっこうテレビ見ておりまして、
今クールのドラマも最初はすんごいチェックしたのですが、
私の中では自然淘汰されていったのも数々。

とはいえ、『家族のうた』は、見てるのよー。
げんみつに言うと、ATARUを見て、こっちは録画してるんですけどね。
なので私がその係ならば、視聴率には反映しないのですが。
でも、どっちかというと、家族のうたの方を見逃したくない感じなのです。

今朝も新聞の文化欄でなんやら書かれてて、ものすごーくモヤッとしたので、
なんとなくこんな始まりのブログになりましたのだ。

これ、ええドラマやと思うんやけど。
本当に、何が悪かったか、というと、この時間枠だったからなんじゃないスか。
ていうか、そんなに何か言われるようなことなんかいな。

オダギリジョーの痛みにも、ひでじい(嗚呼藤竜也がこんな役をするなんて!)の痛みにも、
子供達の痛みにも、それぞれ共感するし、
痛みがあるから、他の人の痛みに寄り添ったり理解したりできていくし、
子供も大人も、痛みからゆるまって、子供は子供に、大人は大人に、
自分らしくそれぞれなっていく、みたいなことが描かれてるようになってると思うんやけど。
なので、3回削られた事って、ドラマの着地に無理あるのに、よう頑張りはったとおもうわー、と思っております。


毎回チョコッと「おっ!」というミュージシャンが出てきたりとか、
なんやらニクいことしてはるし、
(とはいえ私にはそれほどおっ!ではないのですが)
斎藤和義の歌も、ドラマに合うてるしええやんかー、やし、
何なんでしょうかね。
日曜の夜に、ヒトの痛みに触れてる場合じゃないってことか。
それより、子供を「わー可愛い!癒されるう」ということとしてしか見なくていいってことか。
ま、私が福くんにそのように癒されてるのも事実なのですけどね。



とはいえ。
なんでこのドラマのことがとやかく言われる度にモヤッとするかというと、
この「わかられなさ」を自分に投影しちゃってるからなんやろなあ、てことですわ。
いやはや。
あと何か、みんなが言うてることに乗っかって、一緒になって追いつめて行くような昨今の社会に対する怖さ、とかね。


なんか他のことっていうか、6月の予定です!て記事を書きたかったのに
こんなことになってしまったわ〜。
ま、そういうこともあるわってことで。


そうそう!昨日いただいた「すいかグミ」
  ↑
(すいかぐみ、、、、組!文字にして気づくこの事実!今ちょっと嬉しいですわ。)
すんごいスイカの感じで、良かったです。
先輩にも絶賛されたわ〜。ありがとうございますYさん。


というわけで、今からちょいとキャンドル作ってきま〜す!
6月の予定はまた夜にでも。(多分)


 
[PR]
by claramart | 2012-05-30 10:22 | こんな一日